長男と次男、タイプが真逆な二人の成長を観察するうち、「子育てって楽しい」と改めて気づかされた。これは、そんな親ばかな私の所感だ。
「苦手」の裏側にあった、彼なりのこだわり
長男は年中さんの頃から、先生に「集団行動が苦手」「気持ちの切り替えが苦手」とよく言われていた。
例えば、運動会の準備運動体操は絶対にやらないくせに、学年のダンスや競技には積極的に参加する。彼の中には「やるべきこと」と「やりたくないこと」の明確な線引きがあるようだった。
言葉も遅く、本格的な会話ができるようになったのは4〜5歳頃。ただ、それまでも私たちが言うことはすべて理解していたし、悲しそうな顔をすれば泣いてくれる優しい子だった。
そんな長男が小学校に上がるときは、親子で心配したものだ。しかし、それは杞憂に終わった。授業にも問題なくついていけているし、友達もたくさんいる。先生曰く時々ぼんやりしているけれど、真面目にやっているらしい。
改めて彼を見ていて、あることに気づいた。彼は物事をただ「見ている」のではなく、「観ている」のだと。
一度見たら忘れない、長男の「観る」力
その才能は、知育おもちゃのLaQで開花した。
説明書通りに作ることから始まり、図鑑で見たものを再現し、最終的にはどこかでちらっと観たものを何も見ずに作り上げてしまう。
最近は絵を描くことに夢中だ。自由帳には恐竜、スプランキ、ポケモンなど男の子が好きなものがぎっしり。驚くのは、学校にポケモンの図鑑などを持っていっていないのに、細部まで正確に描けていることだ。
今ハマっているスプランキは、ゲームに登場する全キャラクターの特徴を暗記し、何も見ずに描くだけでなく、マイクラで巨大な立体作品まで作っている。歯車を使ったピタゴラ装置や、複雑なロボットなども一人で作ってしまう。
全てを模倣する次男、個性で生きる長男
長男しか育ててこなかった私は、子どもってこんなものなのかなと思っていた。長男は、親の真似も友達の真似もしないし、テレビのダンスも踊らない子だったから。
しかし、次男が生まれて、その考えは変わった。
次男はとにかく何でも真似をする。保育園でも、友達がやっている手遊びをすぐに覚え、常にみんなの注目を浴びたがる甘えん坊だ。
そうか、こういうことだったのか。
長男が保育園で少し浮いていた理由がわかった気がした。彼には、誰かの真似をする必要がないくらい、確固たる自分の世界観や考えがあったのだ。彼の目は、常に世界を「観て」、面白くてワクワクする出来事を探しているのだろう。
子育ては大変だけれど、自分とは全く違う人間が成長していく姿を見られるのは、本当に楽しい。