私の記憶力を担保するためのブログ

元々記憶力がいい訳じゃないけど子が生まれて記憶力に不安を覚えるよになったのでいろいろ記録しておく。

7~11月状況めも

7月

勤めている会社で進めていたリアルイベント(展覧会)を実施した。

が、一つ前の記事に記載した通り妊娠しており、一人目のときにはなかったつわりが……!しかし、メンバーにまだ状況を伝えられず上長だけには相談して、どうしてもやらなきゃいけない仕事はやりつつ、ちょこちょこ早退することに。

ちなみに、展覧会は初めてにしては良かったのではないかと思える結果でした。評判もよく、見に来た人が驚いてくれたり笑顔になってくれたり……とても良い経験になりました。

仕事の実務的な面でいうと特殊印刷の入稿に関わったりしました。複雑な作業を経て出力される作品はデジタルを出力したとはいえ、唯一無二の作品だなぁと。同じイラストでも利用するインクやUVインクの盛りを変えるだけで別の作品になる世界は私にとって新しさを感じる世界でした。作るだけでなく最終アウトプットをイメージする力の重要性を認識しました。

8月

つわりが悪化しました。ちゃんと吐くタイプのつわりで頭は常にぼーっとするし一言でいうと風邪の症状が常に存在しているみたいな感じでした。8月の前半はなんとかかんとか……ほぼフルリモで頑張ってはいたのですが、もう我慢できない……と思い病院に行きなんか楽になる点滴的なものを打ってもらおうとしたところで「あなた一人の体じゃないのよ、休んでください」とど正論を言われ2週間ほど休職することに……。

今年の目標は「無理をしない」だったのにしっかり無理しようとしていましたね。このくらいの時期にメンバーにも妊娠している旨をお話しました。

そして、つわりのストレスからか蕁麻疹が止まらなくなりました。こちらは現在進行系で薬を飲んでいます。

ちなみに、長男を出産後も(多分、寝不足で)蕁麻疹がひどく、薬も効かなくて辛かった記憶があります。今回は薬の量も増やしてくれたので、なんとか症状が出ない状況が作れていることが幸いです。

なので、ほんとうに満身創痍でした。

私はBUMPの「K」のを聴いてから満身創痍ってかっこいいと思っていたのですが、外傷ではない満身創痍の人間はただのゾンビみたいな存在だし、この頃私は赤子を腹の中で育てるための存在として生きていたなと思います。

なお、長男は夫がずっと見ていてくれて繁忙期以外は定時帰宅の夫に感謝しました。親も作り置きをたくさん持ってきてくれて周りに助けられた8月でもありました。

9月

復帰したけどチームは少し混乱していて申し訳ない……という気持ちでいっぱい。小さなチームであるがゆえに一応年長者でみんなの相談役の私がいないことで宙に浮いてしまった話が多数あったようだ。

産休までのロードマップを自分なりに考え、残りの期間で私がいない状態でチームが自走できる状況を作らなければならないなと思った。なんとなく決まっていたことをルール化しそこから漏れる事項を相談できるようにしたり…しました。

それでもこの時点で決まっていない業務の引き継ぎ先も多く、これについて上長とも話したがなかなか引き継ぎ先も見つからず……私も元気100%じゃなかったので、ぼやぼやしていることも多かったように思う。

10月

産休前ってもっとまったりした時間なのかなって思ったけど想像以上に忙しかった。まぁ全部自分で作ったタスクなので仕方がないのだが……。一応9月に色々整備したルールが回り始め、チームは安定した状態になった…気がする。

妊娠は順調で、やっとつわりが治まり元気になってきた。とはいえ、無理すると具合悪くなるし蕁麻疹は継続である。この頃、蕁麻疹は夜寝る前に多く薬を飲むことで改善することがわかった。良い皮膚科と出会えたなーと思った。

だが、この月に2つの問題がおきる。

一つは、猫の膀胱炎の再発だった。またもや膀胱炎を起こし病院通い。案の定また尿路結石ができており、手術するかどうかを迫られた。ちなみに、我が家は前回猫が病気になってから、基本的にはヒルズのC/Dという餌しか与えていなかったので、それでも尿路結石を繰り返す場合ってどうしたら良いのかと途方に暮れた。

もう一つは保育園で指摘された長男の「集団生活が苦手」という指摘事項。夫が一人で個人面談にいったので温度感も分からず、どういうこと!?!?という状態に。先生には「第三者機関でみてもらったほうがいい」とまで言われたらしく、ただそれを結論づけるには先生の感じているエピソード一つ一つの要領がふんわりしている(あくまでも私の主観)。たとえば、「工作のとき手でつけるタイプのノリが苦手で嫌がる、今まではやらないで許されていたけど周りの子からしたら、なんで彼だけやらなくていいの?という目を向けられることになる」といった話だった。正直、大人からすると、じゃあスティックのり使いなよ!って思ってしまうのだが……(ちなみに、今はスティックのり使っているらしい……?)。

夫も私も個性の範囲のような気がしていたのだが、それでも一応、親なので発達障害関連の本などを読みどうするかを検討した。結論から言うと、今のヒヤリングした内容ではこっちとしても判断できないし、状況と発生頻度を鑑みて再度検討しようという話になった。

11月

お腹の子はとても順調で、精密エコーで見てもいまのところ悪いところはなさそうという話だった。週数相応の大きさに育っているし、なんとか1000gも超えてきて仮に早産になったとしても安心な状況まで来た。

正直、二人目はもう諦めていたので、まさかまた産婦人科に通うなんてなぁ~と感慨深くなると同時に産婦人科に行くたびに聞こえる新生児特有の泣き声を聞きもう一度新生児を育てられることにワクワクしている。

不安もたくさんある。

1つ目は長男に寂しい思いをさせないかという点だった。ただ、これは杞憂に終わりそうかなと思ってもいる。なんせ長男は毎日のように「早く赤ちゃんに会いたいな~!」と言ってお腹にキスをしてくれるくらいすでに溺愛体制に入っているからだ。もちろん生まれたらどうなるかわからないけど。私が一人で(うちの病院は子供がはいるのNG)妊婦健診に行って帰ってくると「あれ……?今日赤ちゃんの病院いったのに赤ちゃんまだ生まれなかったの?」とがっかりする様子もあるくらいだ。その姿が一番励まされる。

不安2つ目は、金銭的とキャリア面。今年で35歳になったのだが、割りと働き盛りのこの時期に1年ほど休んでしまうことになるのは、少し心配だ。先が見えない不安もある。ただ、長男のときはフリーランスだったがゆえにかなり無理して産休・育休なしで働いた。思えば社会人になってからゆっくりと休むをしていない気もする。であれば、人生最後の赤ちゃんとの時間を楽しんでも良いのかもしれない。とおもいつつ、やっぱり不安は残る。これは人間の本能的なものなのかもしれな。金銭面で言えば、産休手当・育休手当って思ったよりもらえるの時間かかるなぁと思っていて、結局その間は貯金削って生きていくしか無いんだなぁというところ。これは会社員とて産みにくいわ~。我が家のように夫と妻の収入が同じくらい、あるいは妻のほうが多いくらいだと結構大変なんだなぁ、と。

不安3つ目は、難産にならないか。長男のとき、別に生まれる事自体はするっと生まれたんだけど、その後出血が酷くギリギリ輸血を免れた人間なので、つぎの子は大丈夫かな?と心配にはなる。年齢も上がっているしね。前回はそのせいで退院も伸びたのでやっぱり不安。

こういう不安ばかり大きくなるのはマタニティブルーってやつなのかもしれない。ホルモンの仕業なのである程度は仕方ないが、相変わらず心に元気はない。

おまけに、10月に猫が再発した膀胱炎について、手術を決意し精密検査を行ったら、慢性腎不全であることがわかった。もう手術はできない。病気が治ることもない。残りの時間を無理のない程度に引き伸ばすことしかできないことがわかった。

こうしてテキストに起こすとまた泣けてくる。

夫と相談して、猫が苦しむような無理な延命治療はやめること、できるだけ配慮しながらも本人が食べたいものを食べさせて残りの時間を大切にしようと決めた。

10月にもう一つ上がっていた課題、息子の集団生活についても進捗があった。

再度、保育園側と面談を行ったのだ。課題になっていた集団生活について先生に再度ヒヤリングしたところ、集団生活に支障をきたす行動が高頻度ではないこと、そもそも「それは……仕方がないのでは……?」と思うエピソードばかりだったこともあり、公的機関に相談するかどうかはもう少し時間をおいても良いのではないかと考えた。

 

 

途中でですますからいいきりになってることには気づいたけどメモなのでもうこのままでいいや。